糖尿病について
はじめに
私たちは、ほんの100年前まで飢餓と隣り合わせで生きてきました。血液中のグルコース(=ブドウ糖)(血糖)は、ヒトにとって最も重要かつ使いやすいエネルギー源です。特に、脳はブドウ糖以外をエネルギーとして利用できないことから、血糖値の極端な低下は死を意味します。そのため、ヒトには血糖値を上げるホルモンが数多くある一方で、血糖値を下げるホルモンはインスリンしかありません。血液中の(相対的もしくは絶対的な)インスリンの作用不足が起きれば、必ず高血糖を引き起こし、慢性的になれば糖尿病と呼ばれる状態になります。
初期の糖尿病に自覚症状はありませんが、繰り返す高血糖により大きな血管の壁が障害されると動脈硬化(大血管障害)が進行します。その過程で動脈硬化を覆う表面の皮膜が破れると、突然、大きな血管を閉塞させることがあります。心臓を栄養する血管(冠動脈)が閉塞すると心筋梗塞になり、脳を栄養する血管が閉塞すると脳梗塞になります。これらの病気は、命に関わるだけでなく、その後の人生を一変させるような後遺症をもたらすことがあります。それらの病気から逃れても、慢性的な高血糖状態は、徐々にとても細い毛細血管を次々と閉塞(最小血管障害)させます。特に、眼と腎臓と神経の最小血管障害は、糖尿病患者さんに重篤な後遺症を残すため、糖尿病の三大合併症として知られています。
ツノクリでは、糖尿病患者さんの血糖コントロールには、生活習慣の改善がとても大切だと考えています。もちろん、お薬やインスリンを使えば、血糖値を速やかに簡単に下げることができますが、生活習慣が変わらなければ血糖値は再び上昇してきます。そこで、血糖値が上昇するたびにお薬やインスリンを増やせば、血糖コントロールの悪化と治療の強化を繰り返すだけになり、合併症を減らすことはできません。
もともと食事が好きな糖尿病患者さんにとって、毎日の食事制限や運動療法は決して楽ではありません。しかし、これらの我慢は、元気で充実した生活を送るためには避けられません。そこで、ツノクリでは、久しぶりに家族や友人と会ったり、みんなで旅行に行ったりして会食する場合には、楽しんでしっかり食事をしても良いと考えています。もちろん、そのご褒美のためには、日頃の我慢と良好な血糖コントロールはとても大切になってきます。ツノクリでは、糖尿病の皆さんの生活習慣の改善と良好な血糖コントロールのためのお手伝いができればと考えています。そして、皆さんから、楽しみながらおいしい食事をした話を、たまに聞くのを楽しみにしています。
糖尿病の原因と診断
Q1.糖尿病とはどのような病気ですか?
糖尿病とは、インスリン(→Q2)の作用不足によって引きこされる、慢性的に血液中のグルコース(=ブドウ糖)(血糖)の値が高い状態です。高い血糖値が続くと動脈硬化が進み、さまざまな臓器障害を引き起こします。
Q2.インスリンとはなんですか?
インスリンは、血液中のブドウ糖を細胞内に取り込むためのホルモンです。
インスリンは、膵臓で作られ血液中のブドウ糖と結合して、ブドウ糖を脳、肝臓、筋肉などの細胞内に取り込む作用を持つホルモンです。細胞内に取り込まれたブドウ糖は、エネルギー源として利用もしくは貯蔵されます。
私たちヒトは、長きにわたって厳しい栄養環境で過ごしてきました。ヒトには血糖値を上げるホルモンが数多くある一方で、血糖値を下げるホルモンはインスリンしかありません。そのた、え。高血糖を引き起こす原因には、インスリン量の(相対的もしくは絶対的な)不足かインスリンの効きにくさ、もしくはその両方が必ず関与しています。
Q3.なぜ糖尿病になるのですか?
糖尿病になる原因は、主に2つあります。一つは、インスリンを作る膵臓に障害が起きてインスリン量が不足する場合(1型糖尿病→Q6)、もう一つは、遺伝的な要因に不摂生(食べ過ぎや運動不足)が加わることによってインスリンが効きにくくなる場合(2型糖尿病→Q7)です。糖尿病の患者さんのほとんどは2型糖尿病です。
Q4.糖尿病はどのように診断しますか?
血液検査で、血糖値とHbA1c/ヘモグロビンエーワンシー値を測定します。
お腹が空いている状態で、血糖値が126mg/dL以上、もしくはどんな状態でも血糖値が200mg/dL以上であれば、糖尿病の疑いが強くなります。さらに、HbA1c値が6.5%以上であれば糖尿病と診断されます。
Q5.HbA1c(ヘモグロビンエーワンシー)値とは何ですか?
HbA1c値は、直近1から2か月間の平均血糖値の指標です。
HbA1c値は、平均血糖の指標のため、血糖値と異なり、採血のタイミング(食事や運動)による影響を受けません。そのため、HbA1c値は、どんな時に測定しても、直近1~2か月間のおおよその血糖値の目安を正確に知ることができます。
Q6.1型糖尿病とはどのような病気ですか?
1型糖尿病は、膵臓が壊れてしまうことでインスリン量が絶対的に不足する病気です。
1型糖尿病の主な原因は、産生されるはずのない自分の膵臓に対する抗体が産生され、免疫反応で膵臓が破壊されてしまうことです。このように、体内で自分の臓器に対する抗体(自己抗体)が出来る病気を総称して、自己免疫性疾患と呼びます。膵臓に対する自己抗体が産生されてしまうと、誤った免疫反応によって自分の膵臓を壊してしまいます。そのため、膵臓が破壊されて、体内でインスリンを作ることができなくなってしまうのです。小児期から思春期に発症することが多く、血液検査で膵臓の自己抗体であるGAD抗体などが検出されることがあります。体内のインスリン量が絶対的に不足するため、多くの場合でインスリンを注射する必要があります(→Q13)。
Q7.2型糖尿病とはどのような病気ですか?
2型糖尿病は、インスリンの効果が弱まる(インスリン抵抗性)病気です。
2型糖尿病は、ご両親から受け継いだ遺伝的な背景に、好ましくない生活習慣(過食や運動不足)による肥満が加わり、インスリン分泌の低下やインスリン抵抗性をきたす病気です。40歳以上に発症することが多く、生活習慣が大きく関わります。体内のインスリン量が相対的に不足するか、インスリンの効果が減弱しているため、必ずしもインスリンを注射する必要はありません。
Q8.境界型糖尿病とはどのような病気ですか?
境界型糖尿病は、75g経口ブドウ糖負荷試験(75gOGTT)によって診断され、正常型でも糖尿病型でもない状態です。
糖尿病の診断方法の一つに、空腹時に、ブドウ糖75gを含む水溶液を飲んで、空腹時と2時間後の血糖値を測定する75gOGTTと呼ばれる検査があります。検査では空腹時及び2時間後の血糖値によって、正常型(空腹時血糖110mg/dL未満かつ2時間血糖値140mg/dL未満)と糖尿病型(空腹時血糖126mg/dL以上かつ2時間血糖値200mg/dL以上)に分けられますが、そのどちらにも当てはまらない患者さんを、境界型糖尿病と診断します。境界型糖尿病の多くが、糖尿病の前段階であり、生活習慣の改善が必要になります。
ツノクリでは、過去の経験から、空腹時血糖値が110から125mg/dLもしくはHbA1c値が6.0から6.4%の患者さんの多くが、75gOGTTで糖尿病型(もしくはほぼ糖尿病型)と診断されます。そのため、健康診断で「糖尿病の疑い」と診断された場合には、糖尿病の前段階と判断して、生活習慣の改善を勧めています。食事と運動のアドバイスをしっかりと守ることができれば、糖尿病になることを予防できます。
糖尿病の治療目標
Q9.糖尿病治療の最終目標は何ですか?
糖尿病の患者さんが、健康な人と同じ生活を送ることができるようにすることです。 糖尿病は、さまざまな病気を引き起こします。糖尿病にかかってしまうと、脳卒中や心臓病で亡くなる患者さんが増え、眼や腎臓や神経に障害をきたして生活の満足度が下がってしまいます。
ツノクリでは、皆さんが糖尿病にならないように、生活習慣を改善するお手伝いをしますが、もし糖尿病になってしまったら、少しでも合併症を予防するために、血糖値をコントロールする(→Q10)お手伝いをします。糖尿病でも元気に生活している患者さんは少なくありません。血糖値をコントロールするためには、必要であれば、患者さんと相談してインスリンの注射やお薬の内服を勧めることもあります。
Q10.糖尿病の治療目標はどの程度ですか?
HbA1c<7.0%を目指しましょう。
HbA1c値として、血糖値の正常化(目標HbA1c<6.0%)、合併症予防(目標HbA1c<7.0%)、治療が難しい場合(目標HbA1c<8.0%)が推奨されています。他には、
- 血圧目標:家庭血圧<125/75mmHg(診察室血圧<130/80mmHg)
- 脂質目標:LDLコレステロール<120mg/dL、中性脂肪<150mg/dL
- 体重目標:体重(kg)= 身長(m)×身長(m)×22前後
ツノクリでは、できれば、糖尿病の患者さんのHbA1c値が7.0%未満になるようにお手伝いしています。できるだけ、血糖値が正常になるように努力することは大切ですが、近年、厳格な血糖コントロールによって生じる低血糖(→Q11)が、心臓病などを引き起こすことが分かってきました。そのため、HbA1c値が正常値に到達しなくても(HbA1c値6.0~6.5%)、インスリン注射やお薬の減量や中止を提案することがあります。
Q11.低血糖とは何ですか?
血糖値が70mg/dL未満で、冷や汗や震えなどが出現する場合を指します。
血液中のブドウ糖は、脳のエネルギー源として必須であることから、血糖値の低下は死を意味します。糖尿病治療中の患者さんで、一般的に、血糖値が70mg/dL未満になると、極端な緊張状態(交感神経活性の亢進)が生じて、冷や汗、不安感、頻拍(動悸)、震えなどを生じ、血糖値が50mg/dL未満になると、生あくび、頭痛、痙攣などを生じ、昏睡に陥り死に至ることもあります。特に、糖尿病治療としてインスリン療法(→Q13)やスルホニル尿素(SU)薬(→Q15)を使用している患者さんに低血糖を生じる場合が多く、低血糖が疑われた際には躊躇せずにブドウ糖を使うことをお勧めします。ブドウ糖は単糖類と呼ばれ、飲むことで直ちに血糖値を上げる効果が期待できますが、砂糖は2糖類(ブドウ糖と果糖の化合物)と呼ばれ、血液のブドウ糖(血糖値)を上げるには一度分解する必要があるため、血糖値を上げるにはブドウ糖より時間がかかります。一刻を争う低血糖の回復には、私たちが感じる甘味と関係なく、砂糖(甘味1.0)よりもブドウ糖(甘味0.7)のほうが優れています。
Q12.血糖値を改善する生活習慣とはどのようなものですか?
糖尿病患者の95%以上を占める2型糖尿病の原因は、遺伝素因と生活習慣です。
両親から受け継いだ遺伝子を変更することはできませんので、皆さんにできることは生活習慣を改善することです。生活習慣病には、肥満、高血圧症、脂質異常症などが含まれ、生活習慣を変えることにより、糖尿病だけでなく、ほかの生活習慣病も同時に良くすることができます。生活習慣を変更することは、お金もかからず、安全ですが、何年も続けてきた自分の生活スタイルを変えること、そしてそれを続けることは、とても難しいことが分かっています。
- ① 食事について
- 糖尿病の患者さんにとって、望ましい食事の量は、身長と体を動かす程度によって決まります。血糖値を改善するために極端な食事制限を行うと、筋肉量が減少して血糖値が上昇したり疲労が増加したりすることがあります。そのため、適正体重(下記)の糖尿病患者さんの望ましい食事の量は、健康な人と同じです(→「健康な人の食事」参照)。
- まずは、自分の適正体重を知ることから始めましょう。日本人の適正体重は、病気にかかりにくいとされる体格指数(BMI→「健康な人の食事」Q7)の目安が22であることに基づいて、
- 適正体重=身長(m)×身長(m)×22
- で求められます。おおよそ、150cmで50kg、160cmで56kg、170cmで64kg、180cmで71kgです。参考までに、適正な一日当たりの食事量(摂取カロリー)の目安を示します。
〇 適正な一日当たりの食事量(摂取カロリー)の目安 |
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150cm |
160cm |
170cm |
180cm |
|
ほとんど座っている |
1,400 |
1,500 |
1,700 |
1,400 |
仕事や家事などをしている |
1,600 |
1,750 |
2,000 |
1,400 |
仕事で肉体労働をしている |
1,800 |
2,000 |
2,300 |
1,400 |
単位:Kcal
-
- 糖尿病性腎症(→Q21)を合併していない糖尿病患者さんのカロリーに占める栄養素の割合は、炭水化物55%前後、タンパク質20%前後、脂質25%前後とされています。塩分はできるだけ少なくしましょう。
- ツノクリでは、栄養素に気を配りながら食事を決めるのはとても難しいことを知っています。そのため、適正な摂取カロリーを考えながら、食べたほうが良い物と、避けたほうが良い物に注意することが大切だと考えています。具体的には、食べたほうが良い物として、野菜、果物、豆類、魚類を勧めています。一方で、白い主食(白米や小麦)、加工肉食品、ジュース(野菜ジュース、100%ジュースを含む)、揚げた炭水化物(フライドポテト、ポテトチップスなど)は避けるように勧めています(→「健康な人の食事」参照)。
- ② お酒について
- お酒は、適量(ビール350mL。ウイスキー60mL、焼酎90mL、ワインもしくは日本酒180mL相当)で週に1日以上の休肝日があれば構いませんが、飲み過ぎると肝臓の機能を害して、インスリン抵抗性を引き起こすので注意しましょう。
- ③ 運動について
- 有酸素運動と筋力トレーニングは血糖コントロールに効果があります。
- 有酸素運動の限界の目安は、散歩で言えば、隣の人と息切れせずに話しながら、最も速く歩くことのできる運動です。心臓や腎臓に負担をかけずに行うことができる運動です。筋力トレーニングは、休憩を挟みながら軽い運動を繰り返し、呼吸を止めないで行うことが大切です。
- ツノクリでは、一回30分~40分ぐらい、少なくとも週3~4日ぐらい有酸素運動の速足で散歩することをお勧めしています。天気の悪い日、調子の悪い日などは無理に歩く必要はありませんが、4日以上さぼると、歩く気分が無くなってしまいます。ツノクリでも、散歩を続けられるように応援します。
糖尿病の治療
Q13.インスリン療法とは何ですか?
体内のインスリン量の絶対的もしくは相対的不足のため、インスリンを注射する治療です。
1型糖尿病では、インスリンを作る膵臓が破壊され、血糖値を下げる唯一のホルモンであるインスリンの量が絶対的に不足します。そのため、多くの場合でインスリンを注射する必要があります。一方で、2型糖尿病の一部の患者さんでも、インスリンの量が相対的に不足した場合に、インスリンを注射する場合があります。現在、インスリンを作る飲み薬が無いため、インスリンの投与が必要な場合には必ず注射をすることになります。一般的には、健康な人の自律的なインスリン分泌に則った、強化インスリン療法(→Q14)を行うことが望ましいとされています。
Q14.強化インスリン療法とは何ですか?
健康な人の生理的なインスリン分泌に似たインスリン投与方法です。
健康な人には、持続的に分泌される基礎インスリン分泌と、食事による血糖値の上昇に応じて分泌される追加型インスリン分泌の、2種類のインスリン分泌があります。そのため、インスリンの絶対的な不足では、健康な人の生理的なインスリン分泌を真似て、朝もしくは寝る前1回の持効型溶解インスリン製剤(→Q15)と、各食直前3回の超速攻型インスリン(→Q15)製剤を投与することが望ましいとされています。
Q15.治療に使うインスリンにはどんな種類がありますか?
インスリンには、効き目が出るまでの発現時間と効き目が続く持続時間によって、超速効型、速効型、中間型、混合型、配合溶解、持効型溶解の6つに分類されます。
ここでは、使われる頻度の高い超速攻型インスリン製剤と持効型溶解インスリン製剤について、そして、今後、使う機会が増える可能性のある配合溶解型インスリン製剤についてまとめました。配合溶解型インスリン製剤であるライゾデグ配合注は、超速攻型インスリンのノボラピッドと持続溶解型インスリンのトレシーバが3:7の割合で含まれ、各食直前3回の注射で追加インスリン分泌だけでなく基礎インスリン分泌も補える、便利なインスリン製剤です。
〇 インスリン製剤の分類と効果時間 |
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分類 |
商品名 |
発現時間 |
最大作用時間 |
持続時間 |
超速攻型 |
ノボラピッド |
10~20分 |
1~3時間 |
3~5時間 |
ヒューマログ、アピドラ |
15分 |
0.5~1.5時間 |
3~5時間 |
|
持続型溶解型 |
トレシーバ |
なし |
なし |
42時間以上 |
ランタス、グラルギン |
1~2時間 |
24時間 |
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ランタスXR |
24時間以上 |
|||
配合溶解型 |
ライゾデグ配合注 |
10~20分 |
1~3時間 |
42時間以上 |
Q16.血糖値をコントロールするためのお薬にはどのような種類がありますか?
主に、①膵臓に作用してインスリン分泌を促進するお薬 ②細胞に作用してインスリンを効きやすくするお薬 ③肝臓からのブドウ糖の流出を抑えるお薬 ④余分な血糖を尿中に排泄するお薬 ⑤食事の際の糖吸収を抑えるお薬、の5種類があります。それぞれのお薬の種類と特徴を次に示します。
- ① 膵臓に作用してインスリン分泌を促進するお薬
- ・ スルホニル尿素(SU)薬:膵臓に作用してインスリン分泌を増やします。他のお薬を使っても、なかなか血糖値がコントロールできない糖尿病患者さんに使われます。体重増加をきたすことがあることや徐々に効果が弱くなること、さらに低血糖(→Q11)を起こす可能性のあるお薬なので、昔ほど使われなくなってきました。
- ・ 速攻型インスリン分泌(グリニド)薬:膵臓に作用してインスリン分泌を増やします。スルホニル尿素と比べて効果の持続時間が短く、食後の高血糖を防ぐ目的で使われます。そのため、お薬は各食直前に飲む必要があります。
- ・ GLP-1受容体作動薬:血糖値が上昇した際に、インスリン分泌を促し(血糖を上昇させるホルモンである)グルカゴン分泌を抑えることで、糖尿病患者さんの血糖値を抑えるお薬です。それに加え、食欲が減退したり、胃の食べ物の流れを抑えたりすることによって、満腹感が得られ体重が減少します。単独では低血糖を起こしづらく、心臓病を減らす効果が報告され、最も望ましい糖尿病治療薬の一つとされています。近年まで、治療法は注射だけでしたが、2020年に新たに飲み薬が発売され、今後、広く普及すると考えられます。
- ・ DPP-4阻害薬:GLP-1受容体に作用するGLP-1の濃度を上昇させることにより、血糖値を抑えるお薬です。単独では低血糖を起こしづらく、比較的安全な糖尿病治療薬として広く使われているお薬の一つです。
- ② 細胞に作用してインスリンを効きやすくするお薬
- チアゾリジン薬:肥満をはじめとしたインスリンが効きにくい特徴を持つ(インスリン抵抗性)糖尿病患者さんに使われます。体の水分量を増加させ、浮腫などを生じることがあるため、心不全を合併している患者さんには使うことのできないお薬です。
- ③ 肝臓からのブドウ糖の流出を抑えるお薬
- ビグアナイド薬:主たる作用は肝臓からのブドウ糖の流出を抑えることですが、他にも糖の吸収を抑え、細胞でのインスリン抵抗性を改善させる効果によって血糖値をコントロールするお薬です。体重の増加がみられないことから、肥満のある糖尿病患者さんには望ましいお薬です。一方で、腎臓の機能が低下している患者さんには使うのが難しいお薬です。
- ④ 余分な血糖を尿中に排泄するお薬
- SGLT2阻害薬:腎臓での糖再吸収を抑え、余分な血糖を尿中に排泄するお薬です。多くの糖尿病患者さんで体重が減少し、低血糖を起こしにくいお薬として広く使用されています。近年、心臓病を減らす効果が報告され、最も望ましい糖尿病治療薬の一つとされています。ただし、腎臓の機能が低下している患者さんや、尿路感染症を合併しやすい患者さんに使う場合には注意が必要です。
- ⑤ 食事の際の糖吸収を抑えるお薬
- α―グルコシダーゼ阻害薬:食べた炭水化物は、体内で徐々に分解されて単糖類として吸収されます。その過程の、2糖類から単糖類へ分解するα―グルコシダーゼという酵素を邪魔(阻害)して、吸収される単糖類の増加を抑えるお薬です。食事を食べる直前に飲むことにより、炭水化物の摂取による食後の高血糖を抑えることができます。ただし、消化酵素の邪魔をするため、腹部膨満感や便秘を生じることがあります。
ツノクリでは、お薬で糖尿病を治療する際には、主にGLP-1受容体作動薬、DPP-4阻害薬、ビグアナイド薬またはSGLT2阻害薬を使用しますが、血糖値のコントロールが難しい場合にはスルホニル尿素(SU)薬を使うこともあります。
糖尿病の合併症
Q17.糖尿病にはどのような合併症がありますか?
血糖値上昇による急性合併症と高血糖による慢性合併症があります。
急性合併症(→Q18)には、主に糖尿病性ケトアシドーシスや高浸透圧性高血糖があり、一方、慢性合併症(→Q19)には、動脈硬化と糖尿病3大合併症と言われる網膜症、腎症、神経症があります。
Q18.糖尿病の急性合併症とは何ですか?
高血糖により体のバランスが崩れる状態です。
糖尿病性ケトアシドーシス:さまざまな理由によってインスリンが不足し、細胞内に血糖を取り込めなくなると、細胞内でのエネルギー産生が滞ると同時に、血糖値は大幅に上昇します。エネルギー源の糖が足りなくなった細胞内では、糖に代わり脂肪酸がエネルギー源として利用されます。脂肪酸は複雑な経路を経てエネルギーを作り出すと同時に、老廃物としてケトン体を作り出します。血液の中では、血糖と共にケトン体も上昇し、アシドーシス(血液が望ましい状態より酸性に傾く状態)に陥ります。ヒトの体がしっかりと機能するためには、ややアルカリ性の状態(動脈血でpH7.35-7.45)を維持する必要があるため、アシドーシスは生死にかかわる重大な事態です。糖尿病性ケトアシドーシスは、ケトン体が増加してアシドーシス(pH7.3未満)となった状態で、体は機能を維持できなくなり、意識がもうろうとしたり昏睡に陥ったりすることがあります。 高浸透圧性高血糖:極度の高血糖(≧600mg/dL)で脱水となり、体の機能を維持できなくなった状態です。極度の脱水は血圧の低下を招き、さまざまな臓器への血流が低下して臓器障害を起こします。若い人でも、毎日、大量のジュースやスポーツドリンクを飲んでいると高浸透圧性高血糖を生じることがあり、ペットボトル症候群(→Q )と呼ばれます。
Q19.糖尿病の慢性合併症とは何ですか?
慢性的な高血糖により生じる全身の血管の動脈硬化です。
高血糖やその他の生活習慣病は、全身の血管の動脈硬化を進行させます。大きな血管に生じる動脈硬化を大血管障害(→Q20)、小さな血管に生じる動脈硬化を最小血管障害と呼びます。主な最小血管障害には、不可逆的(治療しても元通りになることが困難)な障害として、網膜症(→Q21)、腎症(→Q22)、神経症(→Q23)があります。
Q20.大血管障害とは何ですか?
大きな血管に生じる動脈硬化です。
糖尿病の初期から繰り返す高血糖は、大きな血管の壁を障害して動脈硬化(大血管障害)を起こします。主な血管としては、心臓を栄養する血管(冠動脈)に障害が起きる虚血性心疾患(→「虚血性心疾患」参照)、脳を栄養する血管(頸動脈など)に障害が起きる脳血管疾患、足を栄養する血管に障害が起きる末梢動脈疾患があります。これらの大きな血管に障害が起きると、息切れや胸痛、運動麻痺や感覚障害、歩行困難などを生じることがあります。さらにその過程で、動脈硬化を覆う表面の皮膜が破れると、突然、大きな血管を閉塞させることがあります。心臓を栄養する血管(冠動脈)が閉塞すると心筋梗塞になり、脳を栄養する血管が閉塞すると脳梗塞になります。これらの病気は、命に関わるだけでなく、その後の人生を一変させるような後遺症をもたらすこともあります。
Q21.糖尿病性網膜症とはどのような病気ですか?
眼のスクリーンの役割を果たす網膜を栄養する血管が閉塞する病気です。
ヒトがモノを見るには、網膜をスクリーンとして映し出した映像を脳に伝えることが必要です。スクリーンの役割を果たす網膜を栄養する血管が閉塞や出血することによって、網膜や硝子体の中に出血して、網膜剥離や視力障害を起こす病気です。糖尿病と診断されたら、定期的に眼科を受診して眼底(網膜)検査を受ける必要があります。糖尿病性網膜症は、気が付かないうちに視力障害をきたし、失明することもあります。多くは40歳以降に失明するため、視力を失ったことに順応すること(点字や歩行など)がとても難しく、毎日の生活での大きな支障となります。良好な血糖コントロールや血圧管理は、糖尿病性網膜症の進行を遅らせることが分かっています。HbA1c<7.0%を目指して頑張りましょう。
Q22.糖尿病性腎症とはどのような病気ですか?
腎臓での血液ろ過装置の血管が閉塞する病気です
腎臓での血液ろ過装置は糸球体と呼ばれ、その中身は毛細血管の塊です。その毛細血管が閉塞して障害されることによって、腎臓の血液ろ過機能を障害する病気です。 通常、腎臓の血液ろ過装置の能力として、1分間にろ過できる血液の量(糸球体ろ過量)を用います。糸球体ろ過量は、60mL/分以上を維持することが望ましいとされ、出生時に最も多く(120mL/分)、年齢や病気によって徐々に低下してきます。そして、おおよそ15mL/分未満になると、血液ろ過装置(血液透析)を利用するか検討する時期になります。
一方、糖尿病患者さんの糸球体ろ過量は、血液ろ過装置の能力を示すことに変わりはありませんが、糖尿病性腎症が進行すると急速に糸球体ろ過量を低下させることが知られています。そのため、糖尿病性腎症の進行は、尿中に排泄される(タンパク質の一種である)わずかなアルブミンの量(微量アルブミン尿)を測定することによって判定します。ヒトの体を構成する大切なタンパク質は、とても貴重なために尿中に出ることはほとんどありません。しかし、糖尿病性腎症になると、尿中にわずかなアルブミンが出現し、徐々に増加してきます。そして、その量が、糸球体ろ過量を急激に悪化させる段階にあるかどうかを判定する目安となります。
〇 糖尿病性腎症の病期分類 |
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病 期 |
微量アルブミン尿 mg/gCre |
糸球体ろ過量 mL/分/1.73m2 |
第1期(腎症前期) |
正常アルブミン尿 <30 |
≧30 |
第2期(早期腎症期) |
微量アルブミン尿 30~299 |
|
第3期(顕性腎症期) |
顕性アルブミン尿 ≧300 |
|
第4期(腎不全期) |
- |
<30 |
第5期(透析療法期) |
透析療法中 |
糖尿病性腎症の進行を遅らせるお薬として、降圧薬であるACE阻害薬やARBが知られています。初期の糖尿病性腎症であれば積極的な利用が望ましいとされています。もちろん、良好な血糖コントロールや血圧管理も、糖尿病性腎症の進行を遅らせることが分かっていますので、HbA1c<7.0%を目指して頑張りましょう。一方で、アルブミン尿が増えてきた場合には、腎臓の負担を軽くするため、食事から摂取するタンパク質を制限することがあります。
Q23.糖尿病性神経症とはどのような病気ですか?
毛細血管の血流が障害されることによって生じるの末梢の神経障害です。
ヒトの末梢神経(感覚・運動神経や自律神経)は、体の隅々まで張り巡らされていますが、その神経細胞を栄養するためには十分な血液が必要です。高血糖によって毛細血管の血流が障害されると、毛細血管の最も下流である神経の先端部分から徐々に神経細胞が死んでしまいます。高血糖が原因のため、一般的に、全身の神経障害が左右対称(広汎性左右対称性神経障害)に生じます。
なかでも感覚神経の障害は最も頻度が高く、患者さんは「足の裏に紙が一枚挟まっているような感じがする」や「手足の指先がジリジリとしびれているような感じがする」と表現することが多いです。さらに病状が進行すると、知覚障害が出現して、痛みや熱さを感じにくくなり足の潰瘍や壊疽を起こすことがあります。糖尿病性神経症の進行を遅らせるお薬として、エパレルスタットが知られています。もちろん、良好な血糖コントロールや血圧管理も、糖尿病性神経症の進行を遅らせることが分かっていますので、HbA1c<7.0%を目指して頑張りましょう。
一方で、自律神経障害を生じると、起立性低血圧が出現したり、腸の動きが低下して便秘になったり、男性の場合には勃起不全(→「ED」を参照)を起こしたりします。
Q24.ペットボトル症候群とはどのような状態ですか?
清涼飲料水を日々、多量に飲むことによって糖尿病になってしまう状態です。
若い人の中には、水やお茶の代わりに清涼飲料水を飲む人がいます。コーラなどの炭酸飲料には、500mL中に50g程度の砂糖が含まれています。エネルギー換算では、砂糖50gは約200Kcalとなり、茶碗に軽く一杯のご飯を食べるのと同じエネルギー量です。最近では、エナジードリンク(250kcaL/500mL)やスポーツ飲料(120Kcal/500mL)などを多く飲むことによって糖尿病になる人がいます。日頃の食事がきちんととれていれば、清涼飲料水を飲む必要はないと考えて良いと思います。
第一版 2021年7月1